「ねーえー、えーんじぇるたーん」
 天使は俺を見向きもしない。
 箱のように手足を折りたたんで座って、ただ数メートル先にあるテレビを見ては目をつむったり開けたりしている。
 柔らかな毛に金と緑の入り混じった瞳を持つ天使のチャームポイントは、何と言ってもその毛色。白い体に、頭の一部だけ黒い模様が浮かんでいる。珍しい可愛らしい。
 ソファの真ん中のクッションは天使の特等席。そしてその横には、必ず奴がぼけっとした様子で座っている。
 俺は奴の反対側に寝そべって、天使の気を引こうと必死になっていた。
「えんじぇるたん! ねーあそぼーって、ちょっとぐらいいーじゃーん! ねっ!?」
「ぶうみゃむp%−$.lp@!!」
「いっつうわぁぁあ、ごめん! ごめん天使!」
「うるさい」
 上から奴の声が降ってくる。低く耳を溶かすような声がいささか不機嫌そうだが、その大きな手は天使の首下に伸びていた。
 奴も、同じだ。テレビのバラエティ番組に夢中で俺に構おうとしない。こいつは天使と違って髪が黒い。のそのそしてて大型犬のようだ。それなのに、天使に好かれる。俺のことは構わないくせに、天使にはちょっかい出してばかりいる。
 俺から天使を奪う、まさに俺にとっては悪魔だ――そう思ったところで小さくため息が出た。
 けれどあいつは相変わらず、内容を理解しているのかわからない様子でテレビを眺めている。

 こいつがいつからここに入り浸るようになったのは、いつからだろうか。
 もともと幼馴染で家も遠くはなくて、交流は多い方だった。
 ただ目に見えてここで共に過ごす時間が多くなったと感じたのは、天使に出会った日からだと思う。 
 突然俺の前に現れた子猫は、まさに天使のように愛らしかった。
 だから、名前は天使。エンジェル。
 俺が引き取ることになったの時、奴は「ふうん」とだけ口にして、特に驚いた素振りもも歓迎した素振りもなかった。
 部屋を走り回る天使が目に入っていたかすら怪しい。それぐらい奴は周りを見ていないのだ。
 ただ、奴がいつものように堂々とソファに腰かけてテレビをつけてしばらくすると、天使がちょこちょことやってきて、奴の膝に乗ったのを憶えている。
 奴は何も言わなかった。ただ、ものすごく繊細な手つきで小さな天使を撫でた。ずっと撫でていた。天使は嫌がらなかった。
 何だか安心したような嫉妬してしまうような複雑な感情に襲われた俺に、奴はただ、
「……お前みたいだな」
 とだけ言った。
 この時感じていた嫉妬が、誰に対するものなのか、今でもわからない。

「もう……! エンジェルたんはうちの子だぞ! お前ばっかべたべたすんな!」
「でも天使が選ぶのは俺だ。なあ?」
 無表情な奴も、エンジェル相手にはつい頬が緩むらしい。
 色々と何かが気に食わない。
「みんなして俺ばっか省いて! 俺拗ねるかんな!」
 ソファに顔をうずめる。
 途端、上で小さなうめき声が聞こえた。
 顔を上げると、眉根を寄せて自分の手を見る奴の上を、天使が何食わぬ顔で通り過ぎて行くところだった。
 奴もちょっかい出しすぎたようだ。ざまあみろ。
 数秒ぼけっと手にできたかすり傷を眺めて、小さく嘆息した奴は俺を見た。視線が交差した。
「――お前みたいだな」
 奴が、苦笑しながら言う。
 俺は聞こえないような小さな声で「うるせえ」と呟いて、またソファに顔をうずめた。








にゃんこの日についったのとある方に送ったお話でした。にゃんこまじエンジェル。